アルノ川を渡してフィレンツェの南北を結ぶ4つの橋のうち、一番最後に造られたのがサンタ・トリニタ橋である。1252年のことであった。しかしこの橋は洪水で破壊され、1567年から1569年にかけて、ミケランジェロの思案に基づき、芸術家であり技術者でもあったバルト・ロメオ・アマナーティによって計画され再建された。アマナーティはこの橋の計画に際して、当時から200年以上も前に造られていたヴェッキオ橋を徹底して分析し、さらに優れたものにしようと思っていたに違いない。まず第一に問題とされたのは、洪水の被害に対するものであった。川の流れをスムーズにするには、橋脚の数を少なくすることが最良の方法であったが、川幅は105m、鋼等がなかった当時に、橋脚の極端に少ない橋は非常に危険であった。結局、橋はヴェッキオ橋と同じく2つの橋脚、3つのアーチで支えることに落ち着いた。さらに伝統的な橋のアーチの高さは支間の1/2〜1/4であったのに比べて、ヴェッキオ橋が1/6.5というかなり大胆な比率を用いていたのをさらに上回り、1/7とした。したがって橋の形状は、かなり低いイメージを受ける。もうひとつ、この橋が他の橋と違っているところは、3つのアーチのうち真ん中のアーチのスパンが両側のスパンより大きいものとし、しかも3つのアーチのライズ比は同じにするという点である。このように、困難な問題を多く抱えながらも完成したサンタ・トリニタ橋は、橋床がなだらかな曲線を描き、橋全体を包み込むような非常に調和のあるものとなり、芸術的に高い評価を受けた。
しかしこの橋も、イタリアとドイツの開戦後の1944年8月4日、ドイツ人の撤退に際し爆破されてしまった。現在に姿を残すものは、第二次世界大戦後に再建されたものであるが、オリジナルの材料を使い、同じ形状で、昔のままの姿を再現している。そして多くの専門家によって、現在最も美しい橋の1つであると考えられている。
【データ】[完成]1252年(1569年修復)
【最寄り駅】
【周辺の名所】サント・スピリト教会
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